福井県里山里海湖研究所

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2021年02月4日のコラム
  • 石井 潤
    (3)三方湖のヒシの分布と塩分濃度との関係および2020年の塩分濃度の調査
     三方湖では、増えすぎたヒシを刈り取る事業が2018年度に開始されましたが、ヒシ対策を進める上で、塩分濃度の影響について考えることは必要不可欠な要素となっています。ヒシは淡水生の水草であり、塩分濃度が高くなると種子の発芽や実生の生長が抑制されます。一方で、最近、三方湖の塩分濃度が高くなる現象が確認されています。
     
    1. 三方湖のヒシの分布と塩分濃度との関係
     三方湖のヒシと塩分濃度との関係については、東邦大学の西廣淳先生(現在、国立環境研究所所属)の研究グループが詳しく研究をされています(Nishihiro et al. 2014)。西廣先生らの研究によると、ヒシは塩分濃度が2 ‰のとき、種子の発芽率は100 %であるのに対して、実生の生存率は80 %近くに低下することが、実験的に確かめられています。さらに塩分濃度が4 ‰になると、種子の発芽率は90 %近くに低下し、実生の生存率は0 %になりました。海水の塩分濃度が34 ‰程度なので、海水に比べれば非常に低い塩分濃度であっても、ヒシの生育は抑制されることが分かります。
     それでは、三方湖の塩分濃度は、どのような値を示しているでしょうか?ヒシの種子の発芽と実生の生長は、春季の4~6月に活発に起こりますので、この時期の塩分濃度に注目してみます。西廣先生らによる2010年の調査結果では、三方湖が水月湖と接する付近(三方湖の下流側)では最大で2~3 PSU程度でした。この値は、2~3 ‰程度と同等の値です。つまり、ヒシの種子の発芽や実生の生育に影響する塩分濃度となっていました。そして、同じ年の7月に撮影された空中写真をみると、この付近にヒシの分布は確認されませんでした(年は異なりますが、2021年1月21日のコラムの写真3も、ヒシの分布傾向は同じですのでご参考にしてください)。西廣先生らは、塩分濃度が高いことがこの付近のヒシの分布を抑制したと結論付けました。西廣先生らの研究グループは、三方湖の中央付近とはす川の河口付近(三方湖の上流側に位置。2021年1月21日のコラムの図1も参照のこと。はす川は、三方湖に流入する最大河川である)でも同様に塩分濃度の調査を行いました。その結果、これらの場所の塩分濃度は0~1 PSUであり、真水か真水に近い状態であることが分かりました。
     一般的に、三方湖は淡水の湖とされています。しかし、三方湖を含む三方五湖は、日本海の沿岸に位置し、三方湖は、水月湖から浦見川、久々子湖、早瀬川を経て、日本海とつながっています(2021年1月21日のコラムの図1参照)。そのため、条件が揃えば、日本海から三方湖まで海水が流入することがあるのです。その距離は、おおよそ5~7 kmです。このような理由で、三方湖が水月湖と接する付近で塩分濃度が高くなったと考えられます。そして、2010年に調査したときは、少なくとも三方湖の中央付近から上流側では、塩分濃度が著しく上昇するような海水の流入はほとんどなかったと言えます。
     
    引用文献
    Nishihiro J., Kato Y., Yoshida T., Washitani I. (2014) Heterogeneous distribution of a floating-leaved plant, Trapa japonica, in Lake Mikata, Japan, is determined by limitations on seed dispersal and harmful salinity levels. Ecological Research 29, 981-989.
    (https://link.springer.com/article/10.1007/s11284-014-1186-6)
     
    2. 2020年の塩分濃度の調査
     上述の通り、西廣先生らによる2010年の塩分濃度の調査結果では、三方湖への海水の流入の影響は、三方湖の下流側の水月湖と接する付近にとどまっていました。しかし最近、年によって、海水の影響が湖の中央付近やさらにその上流側まで見られるようになりました。
     そのため、三方湖では2016年から毎年塩分濃度のモニタリングが行われています。現在、私は塩分濃度の調査業務も担当しており、年に数回ほど三方湖に塩分濃度の調査に行っています。2020年10月28日に調査したときの様子を、写真でご紹介したいと思います(写真1-4)。

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    写真1. 三方湖の塩分濃度の調査では、福井県立三方青年の家が所有しているゴムボートを使って、計測地点に向かいます。私が三方湖の調査をするとき、毎回お世話になっているボートです。時々船外機のエンジンがとまる気難し屋でもあります(そのため、オールは必須です)。

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    写真2. はす川の河口から三方湖へ出発。左奥には、三方五湖レインボーラインが通る梅丈岳が見えています。天気が良いと、とても素敵な景観を眺めながら調査に行けます。この日は、あいにく曇りでした。

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    写真3. 手前に写っている棒は、エビ類を獲るための柴漬け漁のためのものであり、湖底に沈めた束ねた枝葉をくくり付けたロープが結ばれています。三方湖には、あちこちにこうした漁具が設置してあるため、注意しながら湖の中を進みます。柴漬け漁のほかには、ウナギ漁のための漁具が設置されています。

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    写真4. 塩分計を設置して塩分濃度を計測していますが、この写真は回収した塩分計の装備一式です。写真の中央やや左側の黒い円柱形のもの(黄色のビニールテープが巻かれているものが2つ見えている)が塩分計です。時間が経ちすぎると、塩分計やロープ、浮きに用いているペットボトルなどが藻類に覆われてしまいます。今回は少し覆われ過ぎました。塩分濃度が高くなると、フジツボが付着してしまうこともあります。

     塩分濃度の調査の結果、2020年は、4~6月においてはす川河口付近でも塩分濃度が2 ‰を超える日があり、海水の流入の影響の大きい年でした。おそらくそれが大きな要因の1つとなって、2020年はヒシがほとんど見られなくなったと考えられます(写真5)。ヒシ群落は、はす川河口付近の湖岸沿い(写真の右下側)などにわずかに残存している状況となり、今度は、ヒシ群落の正の効果が期待できないため、その影響を注視しています。

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    写真5. 2020年8月19日に撮影された三方湖の空中写真。湖面に見えている靄(もや)のようなものは、雲などの影響によるものです。

     塩分濃度の変動は、人為的に管理することは難しいです。ヒシ対策の観点からは、塩分濃度の上昇はヒシ群落の面積を減少させる効果が期待されるため、その機会をうまく活用して今後の刈り取り事業を順応的に進め、自然の力も利用した“効果的で省力化したヒシの刈り取り”を行っていくことが重要であると考えられます。同時に、淡水生の生物相に影響する可能性や、その他のヒシ群落のもつ正の効果が抑制される可能性にも注意を払う必要があると考えられます。


     

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