福井県里山里海湖研究所

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石井 潤のコラム
  • 石井 潤
     福井県の美浜町と若狭町にまたがる沿岸地域には、5つの湖が並んだ三方五湖があります。そのうちの1つ、三方湖はもっとも上流側に位置し淡水湖となっていますが、近年、水草の1種ヒシTrapa japonica Flerovが分布拡大し、地元の人々の暮らしにも影響するようになりました(2021年1月21日コラム参照)。そこで現在、増えすぎたヒシを低密度で管理するための刈り取り事業が、福井県によって進められています。
     ヒシは地域の暮らしに問題となる一方、三方湖の自然の一部であり生物多様性を育む要素の1つです。本コラムでは、そんなヒシの自然の構成員としての姿に思いを馳せていただくために、三方湖のヒシを撮影した動画をご紹介いたします。各タイトルをクリックすると、動画をご覧いただけます。
     
    (1)三方湖の湖面を覆うヒシ(3分50秒)
     (説明)三方湖に分布するヒシをドローンで撮影しました。この年のヒシは、いつもより広い範囲で湖面を覆いました。ヒシの浮葉(ロゼット)が湖面に出現し始めた5月22日と、生長が進んだ7月12日の三方湖の景観をご覧ください。
     【撮影日:2017年5月22日、7月12日】
     
    ・5月22日の三方湖のヒシ:0分6秒~0分50秒
    ・7月12日の三方湖のヒシ:0分51秒~2分8秒
     
    (2)三方湖のヒシを巡る(2分4秒)
     (説明)三方湖のヒシを巡る動画をドローンで撮影しました。見る距離の違いで風景が変わるヒシの姿をご覧ください。この年は、いつもより塩分濃度が高く、三方湖の西側から中央付近までヒシが見られなくなりました(ヒシと塩分濃度との関係については、2021年2月4日コラムを参照)。
     【撮影日:2016年9月16日】
     
    (3)ヒシが浮かぶ三方湖を走る ~トンボになった気分で~(6分10秒)
     (説明)走る船から眺める、三方湖の湖面に浮かぶヒシをGoProで撮影しました。湖面を飛ぶトンボになった気分でご覧ください。
     【撮影日:2015年8月4日】
     
     ※動画の提供:西廣淳氏(国立環境研究所)
     
    (4)三方湖の水中の世界 ~ヒシ群落の中と外~(2分57秒)
     (説明)三方湖の水中の世界をGoProで撮影しました。ヒシ群落の中と外で異なる景観をご覧ください。湖面に浮かぶヒシ群落の下は、小型の魚類の生息場所となっていました。
     【撮影日:2015年8月4日】
     
    ・ヒシ群落の中の水中の世界:0分6秒~2分3秒
    ・ヒシ群落の外の水中の世界:2分4秒~2分55秒
     
     ※動画の提供:西廣淳氏(国立環境研究所)
     
    (5)波に揺れるヒシ。波を穏やかにするヒシ。(57秒)
     (説明)ヒシ群落には、波を穏やかにする機能があると言われています。三方湖で波が強くなったときにヒシ群落の動画をデジカメで撮影しました。ヒシ群落と波との関係をご覧ください。
     【撮影日:2016年9月9日】
     
    (謝辞)
     三方湖のヒシの動画をご提供いただいた西廣淳氏(国立環境研究所)には、厚く御礼申し上げます。
  • 石井 潤
     福井県の美浜町と若狭町にまたがる場所に位置する三方五湖の1つ、三方湖では、水草の1種で浮葉植物であるヒシTrapa japonica Flerovが2008年以降急速に分布拡大し、その対策が課題となっています。自然再生推進法に基づく法定協議会である三方五湖自然再生協議会に設置された6つの部会の1つ、外来生物等対策部会では、2016年にヒシの管理方針を定めた「三方五湖自然再生事業 三方湖ヒシ対策ガイドライン」(4.9 MB)を作成しました。筆者は2018年に、新しいヒシの刈取り方法として、地元の漁業者が自身の小型船舶を用いてヒシを刈取ることができる「ワイヤー刈り」のマニュアル(3.3 MB)を作成して公表しました(2018年3月27日コラム参照)。そして、同年より福井県によるワイヤー刈りを用いたヒシの刈取り事業が開始されました。
     2018年に公表した「ワイヤー刈り」の装備には、解決すべき課題が残されていました。それは、ヒシの刈取り作業中にワイヤーが浮いてこないようにするために取り付けた重りを軽量化することです。2018年より開始されたヒシの刈取り事業では、ワイヤー刈り装備を改良して、この問題に対処しました。
     そこでこの度、この改良型ワイヤー刈り装備について解説した資料を作成し、公開することとしました。また、改良型ワイヤー刈り装備によるヒシの刈取りの様子を紹介する動画を作成しましたので、併せて公開いたします。
     
     『浮葉植物ヒシの刈取りのためのワイヤー刈り装備(改良型)』1.5 MB
     

    ~(動画) 浮葉植物ヒシのワイヤー刈りによる刈取り方法~
     
     ワイヤー刈りによるヒシの刈取り方法を動画でご紹介します。タイトルをクリックすると、YouTubeにアップロードした動画をご覧いただけます。
     
    (5)改良型ワイヤー刈り装備によるヒシの刈取り(3分38秒)
     (説明)改良型ワイヤー刈り装備を用いたヒシの刈取り作業の様子を動画でご紹介します。福井県による三方湖のヒシの刈取り事業での作業をドローンで撮影したものです。
     【撮影日:2018年5月25日】

    ・刈取り作業をした場所の景観:0分8秒~1分13秒 
    ・刈取り作業の様子     :1分14秒~3分38秒 

    ※なお、(1)~(4)の動画は、『浮葉植物ヒシのワイヤー刈りマニュアル』で解説したワイヤー刈りにより刈取り方法を紹介したものです。併せてご参考にしてください(下記アドレスをクリック)。
    https://www.youtube.com/playlist?list=PLF8XycfYwEdgHjAcKT5sa6Q-AyrGJOa_T

     
  • 石井 潤
    (3)三方湖のヒシの分布と塩分濃度との関係および2020年の塩分濃度の調査
     三方湖では、増えすぎたヒシを刈り取る事業が2018年度に開始されましたが、ヒシ対策を進める上で、塩分濃度の影響について考えることは必要不可欠な要素となっています。ヒシは淡水生の水草であり、塩分濃度が高くなると種子の発芽や実生の生長が抑制されます。一方で、最近、三方湖の塩分濃度が高くなる現象が確認されています。
     
    1. 三方湖のヒシの分布と塩分濃度との関係
     三方湖のヒシと塩分濃度との関係については、東邦大学の西廣淳先生(現在、国立環境研究所所属)の研究グループが詳しく研究をされています(Nishihiro et al. 2014)。西廣先生らの研究によると、ヒシは塩分濃度が2 ‰のとき、種子の発芽率は100 %であるのに対して、実生の生存率は80 %近くに低下することが、実験的に確かめられています。さらに塩分濃度が4 ‰になると、種子の発芽率は90 %近くに低下し、実生の生存率は0 %になりました。海水の塩分濃度が34 ‰程度なので、海水に比べれば非常に低い塩分濃度であっても、ヒシの生育は抑制されることが分かります。
     それでは、三方湖の塩分濃度は、どのような値を示しているでしょうか?ヒシの種子の発芽と実生の生長は、春季の4~6月に活発に起こりますので、この時期の塩分濃度に注目してみます。西廣先生らによる2010年の調査結果では、三方湖が水月湖と接する付近(三方湖の下流側)では最大で2~3 PSU程度でした。この値は、2~3 ‰程度と同等の値です。つまり、ヒシの種子の発芽や実生の生育に影響する塩分濃度となっていました。そして、同じ年の7月に撮影された空中写真をみると、この付近にヒシの分布は確認されませんでした(年は異なりますが、2021年1月21日のコラムの写真3も、ヒシの分布傾向は同じですのでご参考にしてください)。西廣先生らは、塩分濃度が高いことがこの付近のヒシの分布を抑制したと結論付けました。西廣先生らの研究グループは、三方湖の中央付近とはす川の河口付近(三方湖の上流側に位置。2021年1月21日のコラムの図1も参照のこと。はす川は、三方湖に流入する最大河川である)でも同様に塩分濃度の調査を行いました。その結果、これらの場所の塩分濃度は0~1 PSUであり、真水か真水に近い状態であることが分かりました。
     一般的に、三方湖は淡水の湖とされています。しかし、三方湖を含む三方五湖は、日本海の沿岸に位置し、三方湖は、水月湖から浦見川、久々子湖、早瀬川を経て、日本海とつながっています(2021年1月21日のコラムの図1参照)。そのため、条件が揃えば、日本海から三方湖まで海水が流入することがあるのです。その距離は、おおよそ5~7 kmです。このような理由で、三方湖が水月湖と接する付近で塩分濃度が高くなったと考えられます。そして、2010年に調査したときは、少なくとも三方湖の中央付近から上流側では、塩分濃度が著しく上昇するような海水の流入はほとんどなかったと言えます。
     
    引用文献
    Nishihiro J., Kato Y., Yoshida T., Washitani I. (2014) Heterogeneous distribution of a floating-leaved plant, Trapa japonica, in Lake Mikata, Japan, is determined by limitations on seed dispersal and harmful salinity levels. Ecological Research 29, 981-989.
    (https://link.springer.com/article/10.1007/s11284-014-1186-6)
     
    2. 2020年の塩分濃度の調査
     上述の通り、西廣先生らによる2010年の塩分濃度の調査結果では、三方湖への海水の流入の影響は、三方湖の下流側の水月湖と接する付近にとどまっていました。しかし最近、年によって、海水の影響が湖の中央付近やさらにその上流側まで見られるようになりました。
     そのため、三方湖では2016年から毎年塩分濃度のモニタリングが行われています。現在、私は塩分濃度の調査業務も担当しており、年に数回ほど三方湖に塩分濃度の調査に行っています。2020年10月28日に調査したときの様子を、写真でご紹介したいと思います(写真1-4)。

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    写真1. 三方湖の塩分濃度の調査では、福井県立三方青年の家が所有しているゴムボートを使って、計測地点に向かいます。私が三方湖の調査をするとき、毎回お世話になっているボートです。時々船外機のエンジンがとまる気難し屋でもあります(そのため、オールは必須です)。

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    写真2. はす川の河口から三方湖へ出発。左奥には、三方五湖レインボーラインが通る梅丈岳が見えています。天気が良いと、とても素敵な景観を眺めながら調査に行けます。この日は、あいにく曇りでした。

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    写真3. 手前に写っている棒は、エビ類を獲るための柴漬け漁のためのものであり、湖底に沈めた束ねた枝葉をくくり付けたロープが結ばれています。三方湖には、あちこちにこうした漁具が設置してあるため、注意しながら湖の中を進みます。柴漬け漁のほかには、ウナギ漁のための漁具が設置されています。

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    写真4. 塩分計を設置して塩分濃度を計測していますが、この写真は回収した塩分計の装備一式です。写真の中央やや左側の黒い円柱形のもの(黄色のビニールテープが巻かれているものが2つ見えている)が塩分計です。時間が経ちすぎると、塩分計やロープ、浮きに用いているペットボトルなどが藻類に覆われてしまいます。今回は少し覆われ過ぎました。塩分濃度が高くなると、フジツボが付着してしまうこともあります。

     塩分濃度の調査の結果、2020年は、4~6月においてはす川河口付近でも塩分濃度が2 ‰を超える日があり、海水の流入の影響の大きい年でした。おそらくそれが大きな要因の1つとなって、2020年はヒシがほとんど見られなくなったと考えられます(写真5)。ヒシ群落は、はす川河口付近の湖岸沿い(写真の右下側)などにわずかに残存している状況となり、今度は、ヒシ群落の正の効果が期待できないため、その影響を注視しています。

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    写真5. 2020年8月19日に撮影された三方湖の空中写真。湖面に見えている靄(もや)のようなものは、雲などの影響によるものです。

     塩分濃度の変動は、人為的に管理することは難しいです。ヒシ対策の観点からは、塩分濃度の上昇はヒシ群落の面積を減少させる効果が期待されるため、その機会をうまく活用して今後の刈り取り事業を順応的に進め、自然の力も利用した“効果的で省力化したヒシの刈り取り”を行っていくことが重要であると考えられます。同時に、淡水生の生物相に影響する可能性や、その他のヒシ群落のもつ正の効果が抑制される可能性にも注意を払う必要があると考えられます。


     
  • 石井 潤
    (2)三方湖のヒシ対策のためのアンケート調査と刈り取り計画の提案
     三方湖では、2018年度から福井県によるヒシの刈り取り事業が開始されました。ヒシを刈り取る方法としては、主としてワイヤー刈り(小型船舶にとりつけたワイヤーを湖底に這わしてヒシの茎を切断するか引っかけて刈り取る方法。詳細は2018.03.27コラム参照)が用いられています。
     ヒシは、ゾーニングに基づいて刈り取りが行われますが、刈り取りを行う際の参考とするために、三方五湖自然再生協議会外来生物等対策部会において、湖岸沿いの集落を対象とした三方湖のヒシについての聞き取り調査を行うことを提案しました。ヒシ対策については、外来生物等対策部会に参加されている地元の方々からご意見をうかがっていましたが、より多くの方々の声を聞いて、ヒシの刈り取り事業に活かしたいと考えました。そして、2019年3~5月に外来生物等対策部会の事務局である若狭町歴史文化課と協力して、海山、北条、伊良積、成出の4集落でアンケート調査を実施しました。
     このアンケート調査の結果、改めて、多くの方々がヒシ対策の実施を望んでいることが確認されました。その理由として、湖岸に流れついたヒシが枯死する際に悪臭を発生するというご意見が多く挙げられました。また、景観が悪くなり、観光にも影響するという理由も挙げられていました。さらに、台風などのときにヒシが湖岸沿いの畑などに打ち上げられ、その中に含まれる硬いヒシの種子(写真1)が靴の裏に刺さったり、タイヤがパンクしたことがあるというご意見もありました。4集落の中で、海山は水月湖の湖岸にある集落ですが、アンケート結果から、水月湖に流れ着いたヒシが同様の問題を引き起こすことも確認されました。数は少なかったですが、ヒシが増えることは自然現象であり、対策は不要ではないかというご意見もありました。これもまた貴重なご意見の1つでした。

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    写真1. ヒシの種子。その殻は硬く、踏むと靴底に刺さることがあります。右の写真は、ヒシの種子の殻と殻が絡み合って団子状になったのもので、おそらく湖岸で波に転がされて、偶然にできたと思われます。

     アンケート調査に加えて、三方五湖の漁業者のご意見も再度確認しました。その結果、はす川河口から水月湖に向けての水の流れを妨げないようにゾーン1の刈り取りを行うことと、水月湖にヒシが流れ出さないように刈り取りを行うことを希望されました。
     そこで、これらのご意見と三方湖ヒシ対策ガイドラインで定められたゾーニングに基づいて、刈り取り計画を再検討し、提案しました(図1)。この計画は、2019年6月に開催された外来生物等対策部会においても承認されました。

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    図1. 2019年度に提案した三方湖のヒシ対策のためのゾーニング。

    〇ゾーン1(橙色の範囲)とゾーン2(黄色の範囲)で、ヒシができるだけ分布しないようになることを目標に刈り取りを行う。特に、湖岸沿いの集落付近とはす川河口から水月湖までの範囲におけるヒシの局所的な根絶を目標とする。
     (留意事項)ただし、刈り取り対象の場所であっても漁具が設置されている場合は、漁業の妨げとならないように、刈り取りを実施しない。漁業者から許可が得られた場合のみ、刈り取りを実施する。

    〇水月湖にヒシが流れ出さないような刈り取り方法として、水月湖との境界付近に近い三方湖の西側の範囲(青色の範囲)のヒシの刈り取りを、可能な範囲で試験的に行う。
     
     さて、ゾーン1と2でヒシが分布しないように局所的に根絶するためには、具体的にどのような刈り取りをすれば良いでしょうか?その刈り取り方法を検討するためには、ヒシの生態をよく理解する必要があります。
     まず、ヒシは1年生の水草です(図2)。春に湖底にある種子が発芽し、生長します。初夏から開花するようになり、その後結実し、種子が散布されます。秋以降は、種子を残して植物体は枯死します。種子は水に沈み、湖底で冬を過ごします。そして、春になると再び種子が発芽し、生長が始まります。このような生態をもっていることから、ヒシを根絶するためにはその場所でヒシの種子が存在しないようにする必要があります。

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    図2. ヒシの生活史。

     そのためには、どうすれば良いでしょうか?一番に思いつくことは、種子を生産させないようにすることです。そのためには、ヒシの種子の生産が始まる7~8月までに、ヒシの刈り取りを行えば良いということになります。
     しかしながら、ヒシの刈り取りを1回しただけでは、その場所から種子が消失するとは限りません。その理由は、土壌シードバンクが存在する可能性があるからです(図3)。土壌シードバンクとは、土壌中で発芽せず休眠している種子の集まりのことであり、種子の寿命の限り土壌シードバンクは存在します。そして、ヒシの種子は、少なくとも数年は発芽しないでも生存できることが示されています。三方湖の湖底の土壌中に含まれるヒシの種子を直接除去することは現実的ではないため、その代替策として、これらの種子が寿命で死亡するまでの間、経年的にヒシの刈り取りを行って、その場所で新たに種子の生産をさせない方法が考えられます。その結果、土壌シードバンクが消失すれば、その場所ではもうヒシは出現しなくなります。
    ヒシの種子が存在しないようにするためには、他の場所の種子が散布されて移入することを防ぐことも必要です。成熟した種子は水に沈みやすいため、一般的には近い範囲に散布されやすいですが、大雨のときなどにロゼット(葉っぱの集まり)が切り離され、ロゼットに付いている種子が一緒に流されて遠くまで散布される場合があります。後者については対策が困難ですが、前者についてはヒシを刈り取る範囲を多少広くすることで軽減できると考えられます(図3)。
     ヒシの生態を考慮した刈り取り方法をまとめると、以下のようになります。先の刈り取り計画と併せてこれらの刈り取り方法も提案しました。

    ◆必ず、毎年同じ場所でヒシの刈り取りを行い、新たな種子の生産を防ぎ、土壌シードバンクを消失させる。
    ◆対象とする場所の広めの範囲でヒシの刈り取りを行い、周辺からの種子の移入を防ぐ。

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    図3. ヒシ群落の局所的な根絶に向けた刈り取り方法。

     ヒシ対策においては、自然を相手にするために想定していないことが起きる可能性があります。そのため、刈り取り実施後は刈り取りの結果を評価し、その結果に基づいて必要に応じて計画を再検討することが、新たな知見を蓄積しながら対策の効果を上げることに有用です。このような自然環境の管理方法を順応的管理と言います。私は、ヒシの刈り刈り事業を順応的管理によって進めるために、現在はヒシの分布状況を評価する業務を担当しています。

     
  • 石井 潤
     水草の1種であるヒシ(Trapa japonica Flerov)は、土壌に根付き水面にひし形の葉っぱを広げる浮葉植物です(写真1)。日本の在来種であり、水辺でよく見られる代表的な水草です。
     近年、三方五湖の1つ、三方湖では(図1)、自然環境の変化に伴いこのヒシが広範囲に分布するようになりました(写真2)。在来種ではあるものの、繁茂しすぎて漁業や湖岸沿い集落の暮らし、三方湖の生物多様性の保全において問題となることから、福井県によるヒシの刈り取り事業が2018年度に開始されました。
     私は、2014年に福井県里山里海湖研究所に着任して以来、ヒシ対策のための研究と活動支援を行ってきました。2018年3月に公表した『浮葉植物ヒシのワイヤー刈りマニュアル』(2018.03.27コラム参照)は、その成果の1つです。本コラムでは、これから3回にわたって、三方湖のヒシ対策における考え方と計画、ヒシ管理において考慮が必要な塩分濃度の影響について解説します。

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    写真1. 浮葉植物ヒシ。湖底に根付き、長い茎を延ばし、分枝しながら水面に浮葉のロゼットを広げます。

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    写真2. 三方湖の湖面を覆うヒシ(2015年8月4日撮影)。こんなに高密度で水面を覆っているのを見ていると、ヒシの上を歩けそうな気がしてきます。

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    図1. 三方五湖の位置。「国土数値情報(海岸線、湖沼、河川(ライン)、行政区域(ポリゴン)データ)」(国土交通省)(https://nlftp.mlit.go.jp/ksj/index.html)を加工して作成。


    (1)三方湖のヒシは根絶するのか、減らすのか?
     三方湖で増えたヒシは、根絶すべきでしょうか?それとも根絶はせず、個体数を減らして以前のような低密度で維持されるような管理(低密度管理)を行うべきでしょうか?
     三方湖のヒシ対策を検討してきた三方五湖自然再生協議会の外来生物等対策部会では、2016年3月に「三方湖ヒシ対策ガイドライン」を策定しました。私は、このガイドラインの『3. 三方湖におけるヒシの管理計画』を共同で執筆しました。
     三方湖のヒシをどのように管理するのかという問題の解決に向けて、本ガイドラインでまとめられた、三方湖のヒシの分布の変遷や増加したヒシによる様々な影響、およびそれらの知見に基づいた対策の考え方について紹介します。
     
    1. 三方湖のヒシは、2008年以降急速に分布拡大した
     三方湖のヒシは、2008年以降急速に分布拡大し、湖面のかなりの範囲を覆うようになりました(写真3;Nishihiro et al. 2014)。2007年以前は、多くても湖面の20 %程度までの分布面積に限られていましたが、2008年には60 %程度まで増加し、その後は年変動しながら高い面積の割合で維持されるようになりました。

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    写真3. 三方湖に広がるヒシ(2015年9月15日に撮影された空中写真)。
     
    引用文献
    Nishihiro J., Kato Y., Yoshida T., Washitani I. (2014) Heterogeneous distribution of a floating-leaved plant, Trapa japonica, in Lake Mikata, Japan, is determined by limitations on seed dispersal and harmful salinity levels. Ecological Research 29, 981-989.
    (https://link.springer.com/article/10.1007/s11284-014-1186-6)

    2. ヒシは、正と負の影響の両方をもつ
     増えすぎたと思われるヒシの対策を考える上で、ヒシの具体的な影響について整理することはとても重要です。
     三方湖で急速に増えたヒシは、地元の暮らしに悪影響を及ぼす可能性がありますが、ヒシが及ぼす影響が悪いことしかないのかどうかで、ヒシ対策において、根絶するくらいにヒシを減らそうとするのか、あるいはある程度はヒシが残るように管理するのかの判断が異なってくる可能性があるからです。三方湖の例ではありませんが、ヒシの対策をするには費用や労力が必要になるため、ヒシが影響する内容によっては何も対策しないという判断がなされる場合もあると考えられます。
     検討の結果、三方湖のヒシは、正と負の両方の影響をもっていると考えられました。以下にその内容を示します。
     
    (正の影響)
    ◆ヒシは、水質の改善に貢献する(写真4)。
    ・水中または底泥から栄養分を吸収するため、三方湖の富栄養化を抑える。
     (筆者注)秋以降にヒシが枯死したとき、そのとき植物体に含まれていた栄養分は再び放出されるようになります。そのため、ヒシによる水質改善の効果は、ヒシが生育している期間中に限定されると考えられます。
    ・ヒシが分布することによって底泥の巻き上げが抑制されることなどにより、濁りによる透明度の低下が改善される。
    ・ヒシが分布すると、アオコの発生が抑えられる。
    ◆ヒシ群落は、生物多様性に貢献する。
    ・ヒシ群落は、水生昆虫や稚魚の生息場所として利用されている(写真5)。
     (筆者注)ヒシ自体も、生物多様性の構成要素の1つです。
    ・三方五湖では、護岸のコンクリート化に伴い湖岸植生が衰退・消失しており、三方湖においては、ヒシ群落が消失した湖岸植生帯の代替として機能している。
    ・ヒシ群落の有無によって、動物プランクトンの種組成が異なる。
    ◆漁業においては、ヒシ群落がエビなどの生息場所となっている。また、アオコの発生を抑えることによって、魚やエビなどの生息環境の悪化を抑制する。
     
    (負の影響)
    ◆ヒシが水面をほとんど覆うように繁茂した場合、溶存酸素濃度が低くなり、魚類などの生存に悪影響を及ぼす可能性がある。これは、生物多様性と漁業の両方の観点から問題となる可能性がある。
    ◆漁業においては、上述の影響に加えて、小型船舶の航行に支障をきたしたり、漁具にヒシがからまるなどして、漁の妨げとなる。
    ◆生活面への影響として、ヒシの葉を植食するジュンサイハムシ(昆虫)の個体数が増加し(写真6)、その一部が住宅地へ飛来すると、洗濯物に付着して汚すことがある。
    ◆ヒシが大量に繁茂した場合、秋に枯死したヒシが大量に湖岸に流れ着いて、悪臭の原因となる(写真7)。
    ◆ヒシが大量に繁茂した場合、景観が悪いと感じる人がいる。観光の観点からは、良好な景観が求められる(写真8)。
     (筆者注)ヒシの繁茂で景観が損なわれていると感じるかどうかは、個人差があるように思われます。私は水草の研究をしていることもあってヒシがいる風景も好みますが、そうでない方もいらっしゃるでしょう。

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    写真4 ヒシ群落の中で濁りが抑えられた湖の水。

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    写真5 ヒシの葉っぱにとまっているイトトンボの仲間。

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    写真6. ヒシの葉っぱの上にいるジュンサイハムシの成虫(左)と幼虫および卵(右)。

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    写真7 湖岸に流れ着いたヒシ。右の写真の黒いものは、ヒシの種子の殻。

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    写真8. ある観光客の方から景観が悪いと評された、ヒシが繁茂する三方湖の景観(三方五湖PA(パーキングエリア)から撮影)。私が写真撮影のために訪れたとき、偶然に居合わせた観光客の1人の方の感想です。

    3. ヒシ対策として、ヒシの低密度管理を行う
     こうして、ヒシは、三方湖において正と負の両方の影響を及ぼしていると考えられました。この結果に基づくとヒシ対策としては、三方湖から完全にヒシを根絶させることは望ましくなく、場所ごとに刈り取りや保全を行う“低密度管理”が望ましいと判断されました。
     このような低密度管理を行うために、三方湖を3つのゾーンに分けて、各ゾーンの管理方法が決められました。このように場所ごとに管理方法を決めるやり方をゾーニングと呼びます。
     下図に、三方湖のヒシ対策のためのゾーニングを示します(図2)。

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    図2. 三方湖のヒシ対策のためのゾーニング。

     各ゾーンの管理の方針は、以下のとおりです。

    〇ゾーン1(橙色の範囲)は、湖岸沿いの集落付近のエリアで、湖岸から沖合200 m程度までの範囲です。
     住環境や観光施設などへの影響(ジュンサイハムシの飛来、悪臭、景観の問題)を防ぐために、ヒシがまばらに分布するか分布しないように、可能な限りヒシの刈り取りを行います。
     
    〇ソーン2(黄色の範囲)は、はす川の河口から湖の中心付近を経て水月湖の境界付近までの範囲です。
     湖の水の流れと船舶の航路を確保するために、ゾーン1と同様に、ヒシがまばらに分布するか分布しないように、可能な限りヒシの刈り取りを行います。
     
    〇ソーン3は、ゾーン1と2以外の範囲です。
     ヒシによる正の影響が受けられるように、ヒシ群落を保全します。ヒシが湖面を自然に繁茂するような景観となることを目指し、ヒシ群落の利用方法に応じて刈り取りを実施しないか部分的な刈り取りを行います
     
     このゾーニングの考え方にしたがって、ヒシ対策は進められることになりました。

    参考文献
    三方五湖自然再生協議会外来生物等対策部会 (2016) 三方五湖自然再生事業:三方湖ヒシ対策ガイドライン(https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/shizen/mikata-goko/kyogikai_d/fil/15_hisi.pdf).


     
  • 石井 潤
    mizukusa2018.jpg
     水草研究会全国集会2018ポスター(352 kb)

     
    水草研究会第40回全国集会(福井)の研究発表会への聴講者が募集されています。

    ※本研究発表会は、福井県里山里海湖研究所の主催事業ではございませんので、ご注意下さい。

     
    水草研究会は、水草に関する研究および知識の普及と会員相互の親睦を目的とした任意団体で、研究者や学生、一般の愛好家を含む多様な会員からなります。
     この度、中池見湿地のある福井県敦賀市で、研究発表会が下記のとおり開催されます。非会員でも聴講できますので、水辺の植物にご興味のある方は、お誘い合わせの上、奮ってご参加ください!
     
    1 日時: 平成30年9月1日(土)13:30~17:30
     
    2 場所: 敦賀市 南公民館(2階ホール)
          敦賀市本町2-1-20
     
    3 プログラム: 
    (1)口頭発表(13:30-16:00) ※8組の発表を予定。
    (2)ポスター発表(16:15-17:30) ※8組の発表を予定。
     
    ・発表タイトルについては、以下のウェブサイトをご参照ください。
     http://mizukusakenjp.sakura.ne.jp/dmo69416/40fukuiprograms
    ・水草研究会については、以下のウェブサイトをご参照ください。
     http://mizukusakenjp.sakura.ne.jp/dmo69416/
     
    4 参加等:
    ・資料代300円(希望者のみ)
    ・募集人数40名 ※水草研究会員が約60名参加いたします。
    聴講の申込み締め切り 8月30日(木) ※要、事前申込み
     (お名前・ご所属・ご連絡先・参加人数をお知らせください)
     
    5 後援 敦賀市、福井県
     
    6 お問合せ・申込み先
    水草研究会第40回全国集会(福井)実行委員会(担当:石井)
    〒919-1331 福井県三方上中郡若狭町鳥浜122-31-1
    福井県里山里海湖研究所
    Tel: 0770-45-3580
    Fax: 0770-45-3680
    E-mail:jishii@kore.mitene.or.jp


     
  • 石井 潤
     近年、全国各地の湖沼において、浮葉植物であるヒシ属植物Trapa L.の分布面積が著しく増加し、生物多様性や生態系サービスの利用において負の影響を及ぼしているという理由から、その対策が課題になっている事例が多く見られます。
     自然再生推進法に基づく法定協議会である三方五湖自然再生協議会が、自然再生の取組みを行っている三方五湖においても、その1つ三方湖においてヒシTrapa japonica Flerovが2008年以降急速に分布拡大し、その対策が課題となっています。そこで、三方五湖自然再生協議会外来生物等対策部会では、2016年にヒシの管理方針を定めた「三方五湖自然再生事業 三方湖ヒシ対策ガイドライン」(4.9 MB)を作成しました。
     一般的に、ヒシ属植物の対策として、その場所における根絶または低密度化に向けた刈取りが行われます。刈取りの方法としては、植物体を手で引き上げたり道具を使って引き上げる“手刈り”や、水草刈取り船を使った“機械刈り”が用いられています。また、漁業者が自分の船舶に自作した水草刈取り機を装着して刈取りを行っている事例もあります。
     三方五湖自然再生協議会外来生物等対策部会では、2015年から、地元の漁協である鳥浜漁業協同組合の提案により、ヒシの刈取り方法の1つとして、“ワイヤー刈り”を試行してきました。福井県里山里海湖研究所では、2016年に、ヒシの生活史を考慮したワイヤー刈りによる刈取り方法の効果を検証するための実験を行い、その有効性を確認しました。
     そこで、ヒシ対策に取組んでいる現場で役立てられるように、ワイヤー刈りによるヒシの刈取り方法を解説したマニュアルを作成し、公開することとしました。また、ワイヤー刈りによるヒシの刈取り方法の具体的な手順などを紹介する動画を作成しましたので、併せて公開いたします。
     
     『浮葉植物ヒシのワイヤー刈りマニュアル』3.3 MB
     

    ~(動画) 浮葉植物ヒシのワイヤー刈りによる刈取り方法~
     
     ワイヤー刈りによるヒシの刈取り方法を動画でご紹介します。各タイトルをクリックすると、YouTubeにアップロードした動画をご覧いただけます。
     操船者は、鳥浜漁業協同組合の元組合長である増井増一氏です。ヒシの刈取りに使用している小型船舶は、増井氏所有のものです。(2)と(3)の動画は船上で撮影しており、画面が大きく揺れている箇所があるので、ご注意下さい。
     
    (1)ワイヤー刈り装備の水中への導入(14秒)
     (説明)ワイヤー刈り装備をどのように水中に導入しているかを動画でご紹介します。
     【撮影日:2016年9月】
     
    (2)ワイヤー刈り装備によるヒシの刈り取り(54秒)
     (説明)ワイヤー刈り装備を使ってどのようにヒシの刈取りが行われているかを動画でご紹介します。ワイヤーで刈取られたヒシの浮葉が、水中に沈んで見えなくなるのが分かります。動画の後半部分では、ヒシが多量に引っかかったために、ワイヤーが浮力で浮き上がってくる様子が確認できます。
     【撮影日:2017年6月】
     
    (3)ワイヤー刈り装備に引っかかったヒシの除去(2分8秒)
     (説明)ワイヤー刈りによるヒシの刈り取り作業中、ワイヤー刈り装備に引っかかったヒシをどのように除去しているかを動画でご紹介します。動画の後半部分で、ワイヤー刈り装備の一部である鉄棒が曲がっているのが映っていますが、これはヒシの刈取り作業中に障害物に引っかかったときに曲がったものです。多少曲がっていても、刈取り作業は問題なく実施できています。むしろ多少曲がっている方が、最後に、鉄棒とワイヤーをヒシを外しながら船の上に引き上げるときに、作業がしやすいかもしれません。
     【撮影日:2017年6月】
     
    (4)9月に作業を行った事例(2分3秒)
     (説明)ワイヤー刈りは、5~6月に行うことが推奨されますが、それ以外の時期でも実施可能です。この動画では、9月に作業を行った事例をご紹介します。
     【撮影日:2016年9月】
  • 石井 潤

     最近、テレビなどでドローンという言葉をよく耳にします。ドローンは、命令を受けて自律飛行する飛行物体のことを指し、別の用語のUAV(Unmanned aerial vehicleの略:無人飛行機)と同義に使われることもあります。テレビなどでは、主にマルチコプターを指して、ドローンという言葉が用いられているように思います。マルチコプターは、ヘリコプターの1種であり、ローター(回転翼)が3つ以上の回転翼機のことを指します。今年の夏と秋、慶應義塾大学一ノ瀬友博研究室と清木康研究室によるUAVを用いた空撮(上空から地上の写真を撮影すること)の機会に同行させていただきました。そこで、そのときの写真を参照しながら、UAVによる写真撮影とはどういうもので、どのように役に立つのか、その利用可能性について紹介したいと思います。

     UAV(ドローン)には、大別して2タイプがあります。1つは、上述のマルチコプタータイプです(写真1:清木研究室所有のInspire 1)。ローターの数が4つの場合はクワッドコプター(機種の例:Phantom 3、Inspire 1など)、6つの場合はヘキサコプター(機種の例:Hornet、Boomerang、Spider、Trimble ZX5など)、8つの場合はオクトコプター(機種の例:X1000)と呼びます。もう1つは、飛行機のような翼をもった固定翼タイプです(写真2:一ノ瀬研究室所有のeBee/その他の機種の例:Trimble UX5、Gatewing X100)。
     

    inspire1.jpg ebee.jpg
    写真1. マルチコプタータイプのUAV(例.Inspire 1) 写真2. 固定翼タイプのUAV(例.eBee)


     いずれのタイプのUAVも、備え付けられたカメラで上空から地上を撮影することができますが、その特徴は異なります。マルチコプタータイプのUAVは、飛行可能時間が概ね20分程度までであるのに対して、固定翼タイプのUAVは、概ね30~50分程度です。飛行可能時間が長くなるとそれだけ長い距離を飛行できるので、固定翼タイプのUAVの方がより広い範囲の地上を撮影できるということになります。実際に、固定翼タイプのeBeeは、1回の飛行で約150 ha(1.5 km2)の範囲を撮影できるのに対して、マルチコプタータイプのUAVでは数百mの範囲に限られます。eBeeは完全自律航行を行い、自動で飛行しながら垂直方向(真下方向)の写真撮影を行う点も大きな特徴の1つです。eBeeは手動での操作をほとんど行う必要がありません。写真3は、eBeeで撮影された福井県里山里海湖研究所付近の写真です。写真の左やや下側には、三方湖の湖面に浮かぶ浮葉植物ヒシのロゼット(葉っぱの集まり)が映っており、小さいロゼットの集まりを判別することができます。1回の飛行で、鮮明な写真を広い範囲にわたって撮影するeBeeの能力には、とても驚きました。
     

    ebeeview1.jpg  
    写真3. eBeeで撮影された福井県里山里海湖研究所付近の写真  


     一方、マルチコプタータイプのUAVは、飛行可能時間は限られているものの、手動による操作によって特定の対象を多方向から詳細に写真撮影することができます。機種によって、垂直方向や水平方向、斜め方向からの柔軟性の高い写真撮影を行うことができます。写真4~6は、Inspire 1によって撮影されたものですが(いずれも、慶應義塾大学清木研究室 古瀬達哉君による撮影)、被写体を自在に撮影するその能力には、やはりとても驚きました。後述しますが、このように自在な写真撮影は、撮影者の技量によるところも大きいと言えます。
     

    inspire1view1.jpg inspire1view2.jpg
    写真4. Inspire 1で撮影された垂直方向の写真 写真5. Inspire 1で撮影された水平方向の写真
     
    inspire1view3.jpg  
    写真6. Inspire 1で撮影された斜め方向の写真  
     

     マルチコプターでは、これらの写真撮影に加えて、動画撮影が可能な機種があることも特徴です。また基本的に、UAVの動作はGPSを用いてリアルタイムで計測される位置情報に基づいて制御されますが、マルチコプターの中には、位置情報が取得できない条件でも飛行する能力をもった機種があります。この機能があれば、GPSが利用できないような橋の下や室内環境でも、精度の高い写真撮影を行うことが可能となります。さらに、マルチコプターの中には、eBeeと同じように、自動で飛行し写真撮影を行う能力をもった機種もあります。
     
     以上をまとめると、固定翼タイプのUAVは、より広域の範囲を対象とした垂直方向の写真撮影を行い、詳細な土地被覆(水田や森林、湖、川、住宅地の配置や面積など)を把握するのに威力を発揮すると言えます。具体的には、自然環境の変化をモニタリングしたり、洪水などの自然災害が発生した場合、どこでどのような被害が生じたのかを把握することなどに利用できると考えられます。一方、マルチコプターは、特定の場所の詳細な写真撮影または動画撮影を行う際に有用であり、利用用途として、特定の範囲の環境調査や、やはり自然災害時に利用するなら各災害発生場所の詳細な情報の取得などが考えられます。
     
     固定翼タイプとマルチコプタータイプのUAVを利用する際の大きな違いとして、上述したように、手動での機体の操作方法が挙げられます。前者では自動飛行を行い、主な操作は離陸させる操作のみです。飛行時は、パソコンなどで機体の状態をモニターすることができます。バッテリー残量の不足や飛行に問題が生じたときは、eBeeの場合、自動的に帰還する設定になっており、帰還命令を出すこともできます。着陸時は、飛行機と同じように着陸態勢に入り、胴体着陸します。注意点として、機体本体が電線などを識別し回避する能力をもっていないため、事前に障害物がない飛行ルートを選んでおく必要があります。離発着場所は、GPSに誤差が生じることも考慮すると、50 m×50 m程度の障害物のない空間(例.小学校のグランド、休耕田など)を選ぶ必要があります。

     マルチコプタータイプのUAVは、離陸から飛行、写真撮影、着陸まで、手動によって操作するために、操作技術の習得が必要になります。操作技術に習熟するまでに操作ミスにより墜落した事例が報告されており、安全な場所での一定以上の練習が不可欠と言えます。操作ミスの原因は、操作の不慣れに加えて、予想外の気流や、遠方での飛行状況の視認の困難、電波の送受信の障害によるコントロールの不能などが挙げられます。離発着場所については、垂直方向の移動ができるため固定翼タイプのUAVのような広い空間は必要とせず、操作技術が上達すれば写真6のような比較的限られた場所での離発着も可能です。
     
     固定翼タイプとマルチコプタータイプのUAVのいずれにおいても、撮影された複数枚の写真を合成して1枚の写真にしたい場合、付属のソフトウェアがなければ、別売りのSmart3DcaptureやPix4Dmapper、Photoscanなどのソフトウェアが必要になります。Smart3DcaptureやPix4Dmapper、Photoscanには、三次元画像を作成する機能もあります。
     
     UAVには、以上のような特徴以外にも、機種ごとに様々な機能があり、それらが値段の違いに反映されています。もし購入を検討する場合は、利用目的は何か?、離発着場所が確保できるか?、マルチコプターの場合操作を練習する場所があるか?など、多様な視点から検討する必要があると考えられます。平成27年9月には航空法の一部が改正され、12月からは、「無人航空機の飛行ルール」(国土交通省:「無人航空機(ドローン・ラジコン等)の飛行ルール」、http://www.mlit.go.jp/koku/koku_tk10_000003.html)が適用されることになりました。今後、飛行ルールを順守した安全な利用のもと、多様な分野での活躍が期待されます。

     
  • 石井 潤

     里山里海湖と聞いて、皆さんはどのような自然を思い浮かべるでしょうか?里山里海湖は、文字通り里の山や海や湖であり、私たちが暮らしている場所にある身近な自然と言い換えることができます。近年、この日本の身近な自然が“SATOYAMA”として世界的に注目されています。

     SATOYAMAに代表される自然環境として、農村地域の自然があります。稲作を行う水田とその周辺にある水路や河川、ため池や草原、森林などを含む自然です。稲作が始まり、現在のような農業技術がなかった頃、水田は河川の氾濫原を利用して作られたと考えられています。当時は、高度な技術がなかったため、自然の状態をうまく利用して稲作を行っていました。
     氾濫原は、大水のときなどに時々冠水する場所です。そういった場所は、水がたくさん必要な水田に適しています。氾濫原では、川や氾濫原の中にできた池から水が引きやすかっただろうと考えられます。もしかしたら、氾濫原にできた小川が水田に水を引くための水路として利用されたかもしれません。氾濫原やその周囲に成立していた草原や森林は、稲作に必要な肥料の採集場所だったり、水田の近くで住む家を建てるための建材などを調達するための場所として利用されました。
     こうして人に利用されながら成立した農村地域の環境は、氾濫原に元々生息・生育していた生きものにとっては、水田が作られる以前の環境とそれほど大きく違っていなかったと考えられます。そのため、氾濫原の豊かな生きものたちは、そのまま生存することができたと考えられます。

     SATOYAMAでは、人々は、そこにある多様な里の恵み(自然資源)を利用して暮らしてきました。その営みは、SATOYAMAの環境を維持することにつながりました。たとえば、屋根をふくのに用いる茅を刈る場所は茅場として管理され、その結果、草原が維持されることになりました。森林では、下草刈りや落ち葉をはじめとした利用や管理によって、落葉樹などの林として長らく保全され利用されてきました。

     このようにSATOYAMAでは、その長い歴史の中で、豊かな生きものと環境が保全されながら、その恵みが利用されてきました。これは、人の不適切な自然資源の利用によって発生する様々な環境問題の解決へのヒントを与えてくれるものと期待されます。SATOYAMAの営みは、将来世代にわたって続く私たちの暮らしにおいて、自然環境を保全し維持しながら、自然資源を持続的に利用していくという考え方を示しています。
     研究所の名前でもある“里山里海湖”は、このような里の自然を大切にしながら上手に利用し、私たちの暮らしに役立てていこうという思いが込められていると思っています。

福井県里山里海湖研究所

福井県里山里海湖研究所

〒919-1331 福井県三方上中郡若狭町鳥浜122-12-1

電話:0770-45-3580(受付:8時30分~17時15分[土日祝・年末年始を除く])

FAX:0770-45-3680 Mail:satoyama@pref.fukui.lg.jp

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