福井県里山里海湖研究所

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石井 潤
【解説】三方湖のヒシ問題 ~その対策の考え方と計画、および塩分濃度の影響について~(その1)
 水草の1種であるヒシ(Trapa japonica Flerov)は、土壌に根付き水面にひし形の葉っぱを広げる浮葉植物です(写真1)。日本の在来種であり、水辺でよく見られる代表的な水草です。
 近年、三方五湖の1つ、三方湖では(図1)、自然環境の変化に伴いこのヒシが広範囲に分布するようになりました(写真2)。在来種ではあるものの、繁茂しすぎて漁業や湖岸沿い集落の暮らし、三方湖の生物多様性の保全において問題となることから、福井県によるヒシの刈り取り事業が2018年度に開始されました。
 私は、2014年に福井県里山里海湖研究所に着任して以来、ヒシ対策のための研究と活動支援を行ってきました。2018年3月に公表した『浮葉植物ヒシのワイヤー刈りマニュアル』(2018.03.27コラム参照)は、その成果の1つです。本コラムでは、これから3回にわたって、三方湖のヒシ対策における考え方と計画、ヒシ管理において考慮が必要な塩分濃度の影響について解説します。

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写真1. 浮葉植物ヒシ。湖底に根付き、長い茎を延ばし、分枝しながら水面に浮葉のロゼットを広げます。

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写真2. 三方湖の湖面を覆うヒシ(2015年8月4日撮影)。こんなに高密度で水面を覆っているのを見ていると、ヒシの上を歩けそうな気がしてきます。

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図1. 三方五湖の位置。「国土数値情報(海岸線、湖沼、河川(ライン)、行政区域(ポリゴン)データ)」(国土交通省)(https://nlftp.mlit.go.jp/ksj/index.html)を加工して作成。


(1)三方湖のヒシは根絶するのか、減らすのか?
 三方湖で増えたヒシは、根絶すべきでしょうか?それとも根絶はせず、個体数を減らして以前のような低密度で維持されるような管理(低密度管理)を行うべきでしょうか?
 三方湖のヒシ対策を検討してきた三方五湖自然再生協議会の外来生物等対策部会では、2016年3月に「三方湖ヒシ対策ガイドライン」を策定しました。私は、このガイドラインの『3. 三方湖におけるヒシの管理計画』を共同で執筆しました。
 三方湖のヒシをどのように管理するのかという問題の解決に向けて、本ガイドラインでまとめられた、三方湖のヒシの分布の変遷や増加したヒシによる様々な影響、およびそれらの知見に基づいた対策の考え方について紹介します。
 
1. 三方湖のヒシは、2008年以降急速に分布拡大した
 三方湖のヒシは、2008年以降急速に分布拡大し、湖面のかなりの範囲を覆うようになりました(写真3;Nishihiro et al. 2014)。2007年以前は、多くても湖面の20 %程度までの分布面積に限られていましたが、2008年には60 %程度まで増加し、その後は年変動しながら高い面積の割合で維持されるようになりました。

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写真3. 三方湖に広がるヒシ(2015年9月15日に撮影された空中写真)。
 
引用文献
Nishihiro J., Kato Y., Yoshida T., Washitani I. (2014) Heterogeneous distribution of a floating-leaved plant, Trapa japonica, in Lake Mikata, Japan, is determined by limitations on seed dispersal and harmful salinity levels. Ecological Research 29, 981-989.
(https://link.springer.com/article/10.1007/s11284-014-1186-6)

2. ヒシは、正と負の影響の両方をもつ
 増えすぎたと思われるヒシの対策を考える上で、ヒシの具体的な影響について整理することはとても重要です。
 三方湖で急速に増えたヒシは、地元の暮らしに悪影響を及ぼす可能性がありますが、ヒシが及ぼす影響が悪いことしかないのかどうかで、ヒシ対策において、根絶するくらいにヒシを減らそうとするのか、あるいはある程度はヒシが残るように管理するのかの判断が異なってくる可能性があるからです。三方湖の例ではありませんが、ヒシの対策をするには費用や労力が必要になるため、ヒシが影響する内容によっては何も対策しないという判断がなされる場合もあると考えられます。
 検討の結果、三方湖のヒシは、正と負の両方の影響をもっていると考えられました。以下にその内容を示します。
 
(正の影響)
◆ヒシは、水質の改善に貢献する(写真4)。
・水中または底泥から栄養分を吸収するため、三方湖の富栄養化を抑える。
 (筆者注)秋以降にヒシが枯死したとき、そのとき植物体に含まれていた栄養分は再び放出されるようになります。そのため、ヒシによる水質改善の効果は、ヒシが生育している期間中に限定されると考えられます。
・ヒシが分布することによって底泥の巻き上げが抑制されることなどにより、濁りによる透明度の低下が改善される。
・ヒシが分布すると、アオコの発生が抑えられる。
◆ヒシ群落は、生物多様性に貢献する。
・ヒシ群落は、水生昆虫や稚魚の生息場所として利用されている(写真5)。
 (筆者注)ヒシ自体も、生物多様性の構成要素の1つです。
・三方五湖では、護岸のコンクリート化に伴い湖岸植生が衰退・消失しており、三方湖においては、ヒシ群落が消失した湖岸植生帯の代替として機能している。
・ヒシ群落の有無によって、動物プランクトンの種組成が異なる。
◆漁業においては、ヒシ群落がエビなどの生息場所となっている。また、アオコの発生を抑えることによって、魚やエビなどの生息環境の悪化を抑制する。
 
(負の影響)
◆ヒシが水面をほとんど覆うように繁茂した場合、溶存酸素濃度が低くなり、魚類などの生存に悪影響を及ぼす可能性がある。これは、生物多様性と漁業の両方の観点から問題となる可能性がある。
◆漁業においては、上述の影響に加えて、小型船舶の航行に支障をきたしたり、漁具にヒシがからまるなどして、漁の妨げとなる。
◆生活面への影響として、ヒシの葉を植食するジュンサイハムシ(昆虫)の個体数が増加し(写真6)、その一部が住宅地へ飛来すると、洗濯物に付着して汚すことがある。
◆ヒシが大量に繁茂した場合、秋に枯死したヒシが大量に湖岸に流れ着いて、悪臭の原因となる(写真7)。
◆ヒシが大量に繁茂した場合、景観が悪いと感じる人がいる。観光の観点からは、良好な景観が求められる(写真8)。
 (筆者注)ヒシの繁茂で景観が損なわれていると感じるかどうかは、個人差があるように思われます。私は水草の研究をしていることもあってヒシがいる風景も好みますが、そうでない方もいらっしゃるでしょう。

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写真4 ヒシ群落の中で濁りが抑えられた湖の水。

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写真5 ヒシの葉っぱにとまっているイトトンボの仲間。

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写真6. ヒシの葉っぱの上にいるジュンサイハムシの成虫(左)と幼虫および卵(右)。

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写真7 湖岸に流れ着いたヒシ。右の写真の黒いものは、ヒシの種子の殻。

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写真8. ある観光客の方から景観が悪いと評された、ヒシが繁茂する三方湖の景観(三方五湖PA(パーキングエリア)から撮影)。私が写真撮影のために訪れたとき、偶然に居合わせた観光客の1人の方の感想です。

3. ヒシ対策として、ヒシの低密度管理を行う
 こうして、ヒシは、三方湖において正と負の両方の影響を及ぼしていると考えられました。この結果に基づくとヒシ対策としては、三方湖から完全にヒシを根絶させることは望ましくなく、場所ごとに刈り取りや保全を行う“低密度管理”が望ましいと判断されました。
 このような低密度管理を行うために、三方湖を3つのゾーンに分けて、各ゾーンの管理方法が決められました。このように場所ごとに管理方法を決めるやり方をゾーニングと呼びます。
 下図に、三方湖のヒシ対策のためのゾーニングを示します(図2)。

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図2. 三方湖のヒシ対策のためのゾーニング。

 各ゾーンの管理の方針は、以下のとおりです。

〇ゾーン1(橙色の範囲)は、湖岸沿いの集落付近のエリアで、湖岸から沖合200 m程度までの範囲です。
 住環境や観光施設などへの影響(ジュンサイハムシの飛来、悪臭、景観の問題)を防ぐために、ヒシがまばらに分布するか分布しないように、可能な限りヒシの刈り取りを行います。
 
〇ソーン2(黄色の範囲)は、はす川の河口から湖の中心付近を経て水月湖の境界付近までの範囲です。
 湖の水の流れと船舶の航路を確保するために、ゾーン1と同様に、ヒシがまばらに分布するか分布しないように、可能な限りヒシの刈り取りを行います。
 
〇ソーン3は、ゾーン1と2以外の範囲です。
 ヒシによる正の影響が受けられるように、ヒシ群落を保全します。ヒシが湖面を自然に繁茂するような景観となることを目指し、ヒシ群落の利用方法に応じて刈り取りを実施しないか部分的な刈り取りを行います
 
 このゾーニングの考え方にしたがって、ヒシ対策は進められることになりました。

参考文献
三方五湖自然再生協議会外来生物等対策部会 (2016) 三方五湖自然再生事業:三方湖ヒシ対策ガイドライン(https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/shizen/mikata-goko/kyogikai_d/fil/15_hisi.pdf).


 

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